「やさしく動く」というと、どこか弱さのように感じられることがあります。
しっかり動くことや、効かせること、鍛えること。
そういったものの方が、
力強さとしてわかりやすいからかもしれません。
けれど、クリパルジェントルのなかで見えて来るのは
やさしさの中にこそ、芯のある力が宿るという感覚。
ポーズの形を大きく取ろうとするのではなく、
呼吸とともに、からだの内側のつながりを感じながら動いていく。
足の裏が床に触れる感覚。
骨盤が静かに整っていく流れ。
背骨を通って、頭の先まで抜けていくような軽さ。
その一つひとつを急がずに見ていくことで、
外からつくるのではない、内側から支えられる安定が生まれてきます。
このときの「やさしさ」は、ただ力を抜いている状態ではありません。
必要なところに、必要なだけ力が通っている、
静かで無理のない力の使い方です。
けれど、それをあらためて見ていくと、
ここにジェントルの面白さがあるように感じます。
全身はいつもずっとつながっています。
たとえば、伸び上がる三日月のポーズ。
上へとひらいていく形の中にいても、
意識は上がることだけに向けなくていい。
むしろ、マットを押す足の感覚や、
骨盤が立っていく土台の方に目を向けてみる。
足裏で大地を受け取ること。
下半身が安定していくこと。
その支えがあることで、
上に向かう動きは、無理なく自然にひろがっていきます。
上へと引き上げようとする力ではなく、
下からの支えによって生まれる広がり。
そのとき、からだの中に通る力は、
静かで、でも確かに途切れないものになります。
そのためには、今の自分の状態を観察することが欠かせません。
どこに力が入りやすくて、
どこが抜けやすいのか。
どれくらいの配分で、からだを使っているのか。
その全体のバランスを、静かに見ていく。
やさしく見ていくことと、
何もかもをゆるめることは、少し違います。
必要なところには、バランスよく力が通っていること。
けれど、それが過剰にならず、
全体の中で調和していること。
その繊細なバランスの中に、
無理のない安定が生まれてきます。
それは、強くしようとしてつくるものではなく、
観察の中で自然と整っていくもの。
やさしさの中にある力強さは、
こうした丁寧な見方から育っていくのだと思います。
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春は、からだが自然とひらいていく季節です。
けれどその一方で、急な変化に対して、
どこか不安定さや揺らぎを感じることもあります。
そんなとき、外側から強く整えようとすると、
かえって緊張が増してしまうこともあります。
だからこそ、やさしく内側を感じながら動いていく時間が、
とても大切になってきます。
やさしく動くことで、からだは安心し、呼吸は深まり、
その中で自然と、必要な力が戻ってきます。
それは、頑張ってつくるものではなく、
もともと備わっている力が思い出されていくような感覚です。
クリパルヨガでは、形の完成よりも、
その過程で何を感じているかを大切にします。
今のからだに合う形を探りながら、
呼吸とともに変化していく感覚を見ていく。
その積み重ねの中で、
「こうしなければならない」という力みがほどけ、
自分自身との関係が、少しずつやわらいでいきます。
そのやわらぎの中にあるものが「やわらかい芯」なのだと思います。
外から見える強さではなく、
内側で静かに支えている力。
それは、日常の中でも、
無理なく動き続けるための土台になっていく。
春のひらきの中で、
もし少し不安定さを感じるときには、
何かを足そうとする前に、
やさしく感じることから始めてみる。
その中にある支えを、ていねいに見ていく。
そんな時間が、からだにとっても、こころにとっても、
自然な整いにつながっていくのかもしれません。
それぞれのからだの中で、
この余韻が静かに広がっていきますように。
今日も最後までありがとうございます。
