<ヨガを続けるほど、ベーシックに戻っていく>

ヨガを続けていると、
難しいことができるようになる瞬間があります。

深く曲がること。
長く保つこと。
複雑な動きがつながること。

けれどその一方で、
続けるほどに、
とても静かな場所へ戻っていく感覚もあります。

そのアーサナのサポートになるのが、”プレスポイント”なのです。

内観するヨガは、
新しいことを増やしていくというより、
むしろ、何度でもベーシックに戻っていく実践なのかもしれません。

最近は、そうしたベーシックの中にこそ、
改めて大切なものが含まれているように感じています。

前屈ひとつをとっても、
膝を伸ばして深く倒れることより、どこで支えているか。

どこが頑張っていて、どこが置いていかれているか。
どこはリラックスできるのか。
そんなことを見ていく時間の方が、
からだは少しずつ変わっていくのかもしれません。

もし今、この文章を読みながら座っていたら、
足裏を床にそっと置いてみてください。

かかと。
親指の付け根。
小指の付け根。

その3点が、
今どんなふうに床に触れているでしょうか。

そのまま、ひと呼吸だけ。
からだのどこかが、安心する感覚があるかもしれません。

座っていても足裏を安定しておくだけで、
私たちの心は落ち着くのです。

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前屈の中で、
膝をやさしくゆるめることも、
ただ“軽減している”わけではないのだと思います。

膝をゆるめる(曲げる)と、
後ろ側は少しずつ緊張をほどいてお腹と腿が近づきます。
この状態で踵を押し出すと、前側が自然に働き始めるのです。

前だけでもなく、後ろだけでもなく、
からだ全体で支え合うような感覚。

そのつながりが出てくると、
無理に伸ばそうとしなくても、
深い前屈となり、呼吸の通り方も変わっていくことのです。

それは、何か特別な技術というより、
もともとからだが持っている自然な仕組みを、
もう一度見直していくような感覚なのかもしれません。

内観することは、「感じる解像度」を育てていくことにも、
どこか似ている気がしています。


チャクラの話をここで寄り道するなら、
その感度は第6チャクラの直感力を養うものかもしれない。
現代の日常生活にいながらそういった体験を重ねるというのも、
面白い生き方だと思うんです。

長く続けていると、つい「もっと」に向かいたくなる時があります。
もっと深く。もっと力強く。もっと柔らかく。

でも、そんな時ほど、
足裏に戻る。呼吸に戻る。
今のからだに戻る。

その繰り返しが、結果としてからだを大きく変えていく。

ベーシックは、最初に通り過ぎるものではなく、
何度でも戻ってこられる場所だと思います。

季節も少しずつ移り変わり、からだも毎日同じではありません。
調子のいい日もあれば、重たさを感じる日もあります。

だからこそ、その日のからだに合わせて、
押す力を少し弱めたり、
膝をやわらかくしたり、
呼吸をひとつ待ってみたり。
そんな小さな調整が、
日常の中の安心につながっていく気がしています。

その感覚の積み重ねが、
前屈だけではなく、日々のからだとの関わり方も、
少しずつ変えていくのかもしれません。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。