桜が散り、若葉が勢いよく芽吹きだす。
自然界の巡りが加速していくこの時期は、
知らず知らずのうちに、
自分の内側もその勢いに急かされていることがあります。
外側のまぶしい動きに追いつこうとして、
呼吸が少し、胸のあたりで行き場を失っているような感覚。
からだは確実に喜んでいる、でもまだとも言っている気がする——
そんなときは、何かを変えようとする前に、
今、そこにある感覚をただ確かめてみてください。
・ ・ ・
春の光に誘われて、意識が前へ、外へと向かうとき。
呼吸の浅さに気づいたら、無理に胸をひらくのではなく、
からだの中にすでにある「つながり」を眺めてみます。
たとえば、こどものポーズから腰を持ち上げていく、その瞬間。
足に触れている感覚が、尾骨や仙骨、背骨へとつながっていく。
大地にからだをあずけるような静けさの中から、
少しずつ前へと重みを移していく。
8点のポーズで触れている胸や顎、手足の接地。
開き出す胸に、後方へと伸びる脚・・・
一瞬の、そこにあるひとつひとつの感覚が、
次の動きへの土台になっていきます。
やがて、コブラへとひらいていくとき。
押し上げるというよりも、
下とのつながりの中で、全体が自然にひらかれていく。
吸う呼吸に合わせてひらき、
吐く呼吸にゆだねてほどける。
その繰り返しの中で、
からだの内側に、途切れていた流れが戻ってくる。
吸おうとしなくても、
動きとつながりが整えば、
呼吸は自ずと、深い場所まで届いていくようです。
一呼吸、一動作。
流れる動きの中で、背骨を丁寧にうごかしてみる。
心地よさと、少しの緊張が交差する「エッジ」の感覚。
その境界線にそっと触れ、
今の自分にやってくる波に、静かに乗ってみます。
指先が描く弧の重み。
背骨の一つひとつがほどけていく気配。
全身を巡る感覚。
それは、整えた結果というよりも、
もともとあった流れが、
自然に現れてきた状態なのかもしれません。
それは日々の暮らしの中でも、きっとある感覚だと思います。
どこかへ向かおうとする足を止め、
今ここにある、からだのつながりを見つめる。
その静かなひとときが、
また新しい呼吸を、そっと運んできてくれます。
一つの呼吸とその内側の感覚が、
からだの隅々まで、やさしく染み渡っていくのを待って。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
