<おしゃべりすぎる日、しゃべらない日──“言葉のプラーナ”を整える>

<おしゃべりすぎる日、しゃべらない日──“言葉のプラーナ”を整える>

今日のクラスでは、太陽礼拝を通して、

からだを動かしながら、

内側の“陽”のエネルギーをやさしく呼び覚ましていきました。

呼吸とともに流れるように動くなかで、

自然と内側があたたまり、

気持ちが外へと広がっていくような感覚を味わった方もいらっしゃったかもしれません。

そして最後にひとつ行った、変形のこどものポーズ。


動きが静まり、、

呼吸だけがからだを包むように巡っていたあの時間は、

“陰”のエネルギーにそっと身をゆだねるような静けさを持っていました。

ふと、この流れを「言葉」に置き換えてみると、

太陽礼拝は“おしゃべりな自分”、

こどものポーズは“静かな自分”にも感じられるように思いました。

ヨガでは、呼吸や動きと同じように、

言葉もまた“プラーナ”のあらわれのひとつと捉えます。

話すとき、内側のエネルギーは声になって外へと向かい、

聞くとき、外の世界からのエネルギーが自分の内に流れ込んできます。

だからこそ、

人とたくさん話した日の夜にぐったりしていたり、

逆に沈黙が続いた日に、どこか胸のあたりが重く感じたりするのかもしれません。

しゃべりすぎる日も、しゃべらなさすぎる日も。

それぞれに、整え方があります。

言葉をたくさん使った日は、

声を出すことを少しお休みして、呼吸の音に耳を澄ませてみる。

喉や胸、横隔膜にやさしく手を添えて、

吐く息とともにからだの中へ戻っていくような感覚を味わってみる。

言葉を出さずに過ごした日は、

小さな声で音読してみたり、ひとり言をつぶやいてみたり。

声を響かせることで、滞っていた内側のプラーナがふっと動き出すことがあります。

言葉を“使う”というより、言葉の流れを“観てみる”こと。

それだけで、からだとこころのバランスは少しずつ整っていくのだと思います。

・    ・    ・

私は、たぶん皆さんの想像通りだと思うのですが……

誰かと一緒にいると、おしゃべりになります。

だから、今のようなフリーランスの働き方は、

最初のころは少し戸惑うこともありました。

でも今は──

皆さんと一緒にヨガをする時間、お話しする時間、

こうしておしゃべりするように綴るこの時間、

家族と過ごすにぎやかな時間と、

ひとりで仕事や家事に向き合う「黙る」時間。

陽と陰が入れ替わるように、流れのある毎日は、

いまのわたしにとってとても心地のよいバランスになっています。

しゃべることも、黙ることも、どちらもエネルギーの巡りの一部。

その日の「声の量」や「沈黙の質」に、そっと気づいてみることも、

自分を整えるための、ひとつの“養生”なのかもしれません。

皆さんは、おしゃべりなタイプですか?

それとも、聞くのが上手なタイプでしょうか。

今日のご自身の「言葉」と「静けさ」を、

やさしく振り返る時間になりますように。

今日も最後まで、ありがとうございます。