胸のあたりに、わずかな緊張が残っていることがある。
呼吸を妨げるほどではないけれど、
どこか前面が守るように働いている感覚。
胸を開こうとすると、広がって気持ちがいい時もあれば、
むしろ広がらない感覚が強くなる時もあったりします。
今回のクラスで選んだ「マツヤ・ムドラ」での体験は、
その”逆”のような変化だったように思います。
何かを加えるのではなく、
やめていくことで、からだの前がゆるんでいく感覚。
マツヤ・ムドラは本来、水の性質をもつムドラとされています。
関節や骨盤まわりの流れを助け、
全体を鎮めていく作用があるとされているムドラです。
水は形を保つよりも、隙間に沿って流れる性質を持ちます。
変化する、流れている、とどまらないもの。
胸を開くのではなく、
固めていたものが少しずつ“必要ではなくなる”ような変化。
それは、防御解除。
専門的には、前腕から胸にかけてのアームラインや、
胸郭前面の筋膜のつながりが関係していると考えられます。
親指を左右に伸ばすこの方向性が、
前腕の内側を通り、胸の奥の張力をふっとほどいていく。
揃えた4本指の優しい緊張も、
前面のアームラインを程よく刺激する。
その連鎖は、強いストレッチや刺激というよりも、
ごく小さな“保持の合図”のようにも見えます。
さらに下腹や、腿の付け根の方へと手を落ち着かせることで、
エネルギーの重心が下がり、上半身の過剰な役割が手放されます。
そのまんまの胸や鎖骨。
無理に開こうとするわけじゃない、そのまんまの状態。
胸の前にあった微細な緊張が、
急に不要なものとして浮かび上がる。
それは「開いた」というより、
「固め続けていた必要がなくなった」という感覚に近いと感じます。
呼吸は深くしようとしなくても、静かに通っていく。
それこそ、防御が解けるような感覚かもしれません。
胸の前面は、いつも開かれている必要はないと思います。
ヨガのポーズでは開くイメージが、もしかするとあるかもしれない。
でも思い出してください。
真珠貝のポーズや、こどものポーズ、シンプルな座位の前屈。
内側へと入っていくポーズもたくさんあるのです。
私たちにはリズムがある、
陰陽があり、開く閉じるもグラデーションがある。
自分を守り、内側に意識を向けてバランスを取っているとも言える。
ただ、固め続けなくてもいい瞬間があるだけで、
呼吸はそのままのかたちで通り、巡りはじめる。
今回のムドラの体験から受け取る変化は、
大きなものではなかったかもしれません。
正直に言うと、私自身、
今回のマツヤ・ムドラはいつも以上に変化を感じにくかったのです。
6月に入ってから何度も繰り返し行いながら、
「これはなんなんだろう?」と、
からだの微細な変化に耳を傾け続けていました。
そうして解剖学的な視点も含めて観察を重ねていくうちに、
「あー、そうなのか」と腑に落ち、
静かに落ち着いていきました。
ムドラの体験は、
継続してみることで感じ方も少しずつ変わっていくものだと思うんです。
なので、ぜひ面白がってみてくださいね。
その静けさを重ねていくうちに、
からだの前が少しだけ軽くなる余白が育っていく。
「マツヤ」とは魚という意味のサンスクリット語です。
魚はとまらない。
とまっているように見えても、その水の流れに乗っている。
そんな自然の流れに乗って、広がっていく。
あーこれは山登りではない、
川下りスタイルの変化だな。
そう感じました。
波に乗る。乗りやすくさせてくれるようなムドラなのかなと。
季節は夏至へと向かっています。
外の世界では陽の極まる時期。
6月21日です。
もしかするとなんだか眠い、だるい、スッキリしない……
そう感じることがあっても、
そういう時期なのかもしれないなーと
この時期はいつも以上に争わないでいてください。
”そのまんま”でいることを許可してみてくださいね。
